私の会社でストレスを回避するための講義が行われました。その一つの内容が座るトレーニングです。座るのにトレーニングが必要?と思うのですが、ここでの座り方は「静かに座る」トレーニングです。でも、ただ静かに座るだけではありません。
講義では、なぜか、「蛙のように静かに座る」がタイトルになっていました。なぜ、蛙なのだろうか、私が小さいときは、家の周りが田んぼだったので、ゲロゲロとうるさいイメージしかないのですが・・・。「蛙の面に水」ということわざがあります。蛙は水をかけられても少しも嫌がらないことから、図々しい、ふてぶてしい人に対して、皮肉をこめて使うことが多い言葉です。どんな目にあわされてもいっこうに気にせず、平気でいることのたとえでもあるので、良い意味で「蛙のように・・」なのでしょう。
講師に教わった内容で進めてみます。
1.あなたは蛙です。山の中の静かな湖の畔にいる蛙です。
・・・正直なかなかイメージができません。いきなり蛙は難しいです。蛙嫌いにはさらに無理かもしれません。ここでは、蛙になることが目的ではなく、静かな湖の畔にいる自分をイメージしてみます。
2.蛙はだまって座っているだけです。
・・・蛙になって座っているイメージがどうもきれいにできません。静かな湖の畔でゆったりした椅子に座っている自分をイメージしてみます。
3.蛙は廻りを気にしません。手足は最低限動かすだけです。雫が目に入っても、片目をぱちりと動かすだけです。
・・・私はどうやら蛙は穏やかではない先入観があるようです。どうも講師の言うイメージができません。泳いだり、跳んだり、すばやく虫を捕らえたり、どうも小さいときに見てきた蛙のイメージが強いようです。カタツムリくらいのイメージがいいような気がしてきました。
座るトレーニングはたったこの程度の内容です。ただ、講師の声は穏やかで、静かなBGMが流され、目と閉じて、5分くらいをかけて行われると、すっかり眠くなってきます。
このトレーニングは、蛙になるためでもなく、畔をイメージすることでもなく、意識を集中して、雑念を排除し、リラックスするトレーニングです。眠くなったのは有る意味リラックスできた証拠なのかもしれません。
リラックスできるイメージは人それぞれです。今回は講師が蛙にこだわっていたので逆に蛙気になってしまったのですが、カタツムリでもよいし、小鳥でもよいし、海でも山でもよいでしょう。いつもの自分ではない、別の何かになり、いつもの場所ではない、別のどこかをイメージして、現実の今から遠ざかり、ストレスから開放して心を穏やかにするとができれば目的は達成です。