どうにもならなくなったら

幸せは考え方次第である。分かってはいるが、何をしてもよくならないときが有る。それが長く続くようであれば注意が必要だ。自分は不幸だ、ダメな人間だ、何とかしなければ・・・そんな焦りはかえって逆効果になる。焦れば焦るほど、理想と現実がはなれていき、さらに焦りがでる。やがて、何をしても無理なのではないかという気持ちになり、物事をマイナスにしか考えられなくなる。そして、気持ちのコントロールができなくなり・・・。
焦りから逃げられないと気づき、もうだめだと思ったのならば、最後の手段がある。それは開き直りだ。なぜこれが最後の手段としたのか、それは開き直りの仕方次第では、自分の理性や良心を壊してしまう可能性もあるからだ。そう、今までは良心を最大限に使って幸せを求めたが、ここからは、開き直りによって価値観をぶち壊し、悪心によって不幸から抜け出す方法だからだ。だからこの先は、あまりお勧めしない内容である。

人の不幸を楽しめ

もっともっとあなたより不幸な人間を探しだすんだ。すぐに見つかる。昨日のニュースでもいい。ネットで探せばもっともっとでてくる。トラックが突っ込んできて事故をした人、風で看板が飛んできてぶち当たった人、結婚直前で病に倒れた人、山崩れで家が無くなった人。それと比べればいい。どれだけ自分がましな状態か。金持ちが強盗にあえばざまあみろと思えばいい。有名人がスキャンダルにあえば笑ってやればいい。自分はそんな目にはあわないんだと上から目線で思えばいい。罪悪感など感じる必要は無い。みんな心の底では、人の不幸を喜んでいるんだ。ただ、回りを気にしてだれも本音を言おうとしないだけだ。友達の幸せ話しをどんだけ聞いても幸せな気持ちにはなりやしない。うっとおしいだけだ。友達の悩み話はどうだ、興味をもってどんどん聞きたがる。だれも本気で心配なんかしちゃいない。ただ心配したふりをして他人の不幸を楽しんでる。この世の中は、不幸なニュース、ゴシップに溢れている。それは、みんなが求めるからだ。誰も幸せなニュースなど求めてはいない。薄っぺらいタテマエだけの良心など捨てて本音の心で、人の不幸を楽しめ、そして、どれだけ幸せか感じるんだ。

人の意見はくそだ

何を言われようが気にする必要はない。なぜなら人の意見はくそだからだ。ルールを守れといってくる人間は、自分だけルールをまもるのが損だと思っているだけだ。批判してくる人間はただ自分の考えを押し付けたいだけだ。ああしろ、こうしろといってくる人間はただ自分の言う事に従わせたいだけだ。説教する人間はただのストレス発散のためだ。あなたの為と言う人間こそ、自分のことしか考えていないんだ。だまされるな。だれも本気であなたのことを思っている人なんていやしない。そいつの言う事を聞けば幸せになれると思うか?そいつの言う事を聞けば立派になれると思うか?そいつの言う事を聞けば金持ちになれると思うか?そいつはあなたの人生に責任をもってくれると思うか?今までを思い出してみればいい。あなたに意見した人間は今もあなたの支えになっているか?誰もいやしない。そんな人間たちの言う事などどうでもいい。気に入らない意見は聞くな。批判は無視しろ。落ち込む事など何もない。腹を立たせるほどの価値も無い。大切なのはあなたの考え、それだけだ。

他人なんてどうでもいい

何も遠慮することはない。誰にも遠慮することもない。やりたいようにやればいい。廻りに悪いから?嘘だ。ただ廻りからよい人と見られたいだけだ。だがそんなことな何も意味がない。その廻りの人はあなたには何もしてくれはしない。何も感謝してくれもしない。もっと迷惑をかけてやれ、相手が嫌がろうがそんなことはどうでもいい、それは相手が解決する問題だ、あなたが考える問題じゃない。嫌われるかもしれない?そんなことはどうでもいい。嫌われるならその程度の関係だ。そんな人間なんの価値もない。そいつらとは、死ぬまで一緒にいると思うか?いやいない。人生のうち、ほんのちょっとかかわる程度の人間たちに気を使う必要なんてなにもありやしない。
今やりたいことをやらなければいったいいつやるんだ。廻りの事なんか何も気にする必要はない。これはあなたの人生だ、一度きりしかない。廻りなんてどうなってもかまわない。あなたさえ良ければ、それで十分、そして何よりそれが大切だ。

気に入らないやつはぶちkoroせ

誰も恐れる必要はない。どんなに回りに怖いやつがいようが、嫌なやつがいようが萎縮することはない。なぜならあなたは最強だからだ。必要なのはバットにナイフだけだ。いつも威張っているやつがいる?ガミガミうるさいやつがいる?暴力をふるってくるやつがいる?悪口をいってくるやつがいる?そんなやつらにバットを抜いて、ナイフを突き出せ。そのときあなたは最強だ。相手は恐怖におののき、服従する。どんなやつだろうが、所詮はただの動物だ。その動物が、弱い相手を見つけていい気になってきてるだけだ。そういうやつこそ、弱い相手にしか強くなれない最弱人間だ。そんなやつらに、弱気になるな、気を使うな、恐れるな、遠慮はするな。いざとなったら、いつでも最強になれるのだ。そう、あなたはいつでも最強になれるのだ。

悪い人間になればいい

いい人間になるな。そんなものは目指したところで意味が無い。人のためにやれ?良い事をしろ?周りの迷惑を考えろ?弱いものを助けろ?そんな事が何か意味があるものか。都合のいい人間にしたいだけだろう。良い事をしたら良い事があると思うか?悪い事をしたら必ず悪い事がおこるか?もしそうなら、この世の中もっとまともになっているだろう。もっと廻りを良く見ろ、ずるいやつほど楽をする。悪いやつほど金を持つ。そして、まじめなやつほどくそをくらう。いい人間になれば、いい事がおこるなどと勘違いするな。人のためにどんなにがんばろうが、悪い事はかならず起こる。いい人間も悪い人間も関係なくだ。だったら何も無理していい人間になろうなんて考える必要もない。悪くいたければ悪いままでいいのだ。何も無理する必要はない。何も変える必要なんてないのだ。

最後は死だ・・・そしてすべて消え去る

そこがすべてのゴールだ。どんな金持ちも、どんな貧乏も、どんな強い者も、どんな弱い者も。そしてそのときに気がつく。意味など何も無いのだと・・。たった100年後。誰もあなたの事など思えてはいない。所詮その程度なのだ。何も悩む事はない。やりたいようにやればいいのだ。